プロジェクトを追う

PROJECT 01イノベーションを
起こせ!
「食品向け
ロボットハンド」
開発ストーリー。後編

合格!しかし、2人の
試行錯誤は続く。

2016年春、NICのメンバーは、2つの案を役員会に提案した。結果、選ばれたのは「食品工場向けのロボットハンド」案。プロジェクトを続行し、事業化を目指して進むことになった。もう一案は、将来性は評価されたが、すぐに事業化を目指すのは難しいと判断された。
1年間にわたったプロジェクトは終わった。波多野は言う。「終わってしまったのが寂しくてたまりませんでした。すごく良いメンバーだったし、4人で、“ああでもないこうでもない”と毎日やっていたのが、なにせ楽しかった。本当に特別な1年でした」

「食品工場向けのロボットハンド」は、見事に正式なプロジェクトになり、「RPプロジェクト」と名づけられた。しかし、余韻に浸っている時間はなかった。今度は事業化を目指して別のプレッシャーも押し寄せてくる。しかも、他の2人は以前の部署に戻り、メンバーは波多野と新田の2人だけになった。
それから2人は、さらに試作品をロボットメーカーや食品メーカーに持ち込み、意見を聞き続けた。その時、役立ったのが、新田がこれまでつくってきた人脈だった。
その中で、さまざまな課題が出てきた。食品の製造ラインで使うには安全性が問われる。素材の安全性はもちろん、取り外して洗浄できることや、万が一の破損時にも異物混入を招かない構造が求められた。また、一口に食品といっても、メーカーから要望される「つかみたいもの」は千差万別だ。2人は、人の手がどのようにものを持つか、研究したりもした。その中から、包むように持つ、挟むように持つ。優しくつまむように持つ、という機能に絞ることにした。また重量の問題も指摘された。当時の試作品は約5キロ。とても製造ラインで使うには実用的ではなく、小型軽量化も求められた。

つくっては持ち込み、意見を聞いてはまたつくる、その繰り返し。時には辛辣な意見をもらうこともあった。一方では、親身になってアドバイスをしてくれるメーカーも。1年に及ぶ試行錯誤を経て、ロボットハンドは、ニッタにしか創れないオリジナリティに磨きをかけ、試作品には見えないようなレベルに仕上がってきた。

なぜ発売ができないのか。

2017年の初夏。いよいよ2人は、ロボットハンドを展示会に出展することにした。「国際食品工業展」。まだ試作品だから、ある食品機械メーカーのブースを借りて、ひっそりとデモンストレーションを行う。
反響は、2人の期待を超えるものだった。
「食品メーカーの方から、“これは使えそうだ。早く販売してください”というような声もいただきました。やはり、この製品は求められている。これは間もなく発売にこぎ着けられるぞ、と盛り上がったんです」と新田。

だが、盛り上がる二人に水を差すように、上司は言った。「この段階で発売するのは無責任だ。ニッタとして無責任なものを売るわけにはいかない」
目新しさですぐに買ってくれるメーカーがあるかもしれない。しかし、導入をしてもらっても、うまく行かなかったら、顧客に迷惑をかけるうえに、製品の評価も落としてしまう。しばらくは無償で提供しながら実際の食品製造ラインでテストを重ねてもらい、実績が上がってから販売をすべきだ、というのが上司の考えだった。
「そこからが長かった」と波多野は言う。彼らは、展示会で好感触だった食品メーカー数社に話を持ち込んだが、ロボットハンドを実際の工場で試してもらうのは簡単ではない。ロボットの手の部分だけの変更とはいえ、すべての生産システムが変わり、従業員の訓練なども含めて膨大な作業が発生する。既に稼動している工場を止めて変えるのは現実的ではなく、相手のメーカーがちょうど新たにロボットを導入しようとしているタイミングが必要だった。いくつかあった話は、次々と暗礁に乗り上げてしまった。

そんな中で、大手食品メーカーから声がかかった。
「展示会でのデモを見てくれていたのだそうです。日本を代表する食品メーカーの一つから、テストをしましょうといっていただいたときには、うれしかったですね」
その大手食品メーカーでは、九州の工場で人手不足に悩んでおり、人とロボットが力を合わせる協働ロボットを導入しようというプロジェクトがちょうど動いていたのだ。
それから、実際に工場に導入されるまでにほぼ半年を要した。さらに、テストを重ねながら、ロボットハンドやラインのベルトコンベア側の調整・変更をするのに、もう半年を要した。「ロボットハンドだけを納入して、あとはお願いします、というわけにはいきません。我々も何度も九州の工場に行きました。コンベア、ロボット、包装機といった設備を一体となって動かして、全体としてシステムをつくる。そこに参加させてもらったことはすごく勉強になりましたね」

ニッタのロボットハンドが使われた食品の包装ラインが本格的に稼働したのは、約1年後だった。

  • 松本 篤史

    テクニカルセンター
    RPプロジェクト

    2004年入社

  • 岡本 結

    テクニカルセンター
    RPプロジェクト

    2013年入社

  • 岩田 俊介

    テクニカルセンター
    RPプロジェクト

    2018年入社

ヘルメットからスーツまで。

大手食品メーカーでのテストが進んでいる時期に、プロジェクトチームは大きな変革期を迎えた。
2018年の春、新たに3人のメンバーが加わったのだ。
松本篤史は、製品の製造を担当。他にも評価試験などにも関わる。機械系出身で、それまではベルトやホース・チューブ製品の、生産技術や購買などに携わっていた経験を活かして、製造面を支える。
岡本 結は、マーケティングを担当。それまでは、エアフィルターやツールチェンジャーの技術営業をしていた経験を活かし、技術者の視点を持ちながら営業活動をしていく。
岩田俊介は、CAEを担当。シミュレーションや、3DCADを用いた設計も行う。もともとRPプロジェクトを早い時期から構造解析シミュレーションで手伝っていた流れで、メンバーに入った。

それぞれの得意分野を持つメンバーを加えたことで、プロジェクトは拡がっていく。展示会に出る回数も増え、引き合いも増えてきた。
そこは岡本の担当分野だ。「食品向けロボットはまだ黎明期で、興味を持たれることは多くても、すぐに話が進むことは少ないのですが、中には積極的に取り組んでみたいとおっしゃるメーカーさんもあって、ある洋菓子メーカーでは、社長自らが展示会でロボットハンドを見つけて申し出てくださり、テストをして、実際にバームクーヘンのラインに導入することができたんです」
岡本は言う。「私自身、スーツを着て展示会で説明することもあれば、工場でヘルメットをかぶって試験をしているときもあります。人数が少ないので、ひとり一人の担当する仕事の幅が広い。何でも自分たちでやっていくのが、おもしろいですね」

テストに送り出す製品は、松本が中心になって組み立てる。「まだ生産量が少ないので、手作りで組み上げています。組み立て方にはまだまだ改善の余地があると思いますが、なにせ前例のない製品ですから、つくりながらノウハウを貯めているところですね。今後は、受注量が増えたときの生産体制もつくっていきたいと考えています」
ユーザーごとにカスタマイズをするときには、岩田が設計をし、シミュレーションを行う。「パラメーターのちょっとした振り方によって、形や動きが変わってくる。いつも、次はこうやればいいんじゃないか、といった発見があるんです。おもしろいですね」

彼らの冒険は続く。

ニッタでは、製品を「SOFTmatics™」と名づけ、2019年2月に発表。7月から販売を始めた。NICの開始から4年、ついに新製品が正式に世に出たのだ。
だが、今はまだ、社内での位置づけはテクニカルセンターの中の一つの「プロジェクト」に過ぎない。メンバーのこれからの目標は、「事業部」にするということだという。事業部にするには、少なくとも年間数十億円の売上を毎年上げられる実力が必要だ。
波多野と新田は、プロジェクト開始時を振り返って笑い合う。「2人でやり始めた頃から、このプロジェクトをいつか事業部にしてやるぞ、っていっていたよね」「いや僕は、いずれ別会社として独立するぐらいに大きくするぞ、って言ってた。食品製造の市場は世界中にあるから、ニューヨークに支社を出すぞ、とかね。大きな話ばかりしていたなあ(笑)」
実際、海外の展示会に出て行って、引き合いが来ることも増えている。「SOFTmatics™」は、日本だけではなく、世界でも注目される製品になる可能性を秘めているのだ。
「そう遠くないうちに、本格的に海外にも出て行きたいですね」
NICという4人の取り組みから始まったプロジェクトは今後どこまで発展し、彼らはどこまで成長していくのだろうか。彼らの冒険の結末は、まだ誰にもわからない。

実際に食品工場で動く
ロボットハンドを
動画で見られます。 (SOFTmaticsTM導入事例)