ニッタ株式会社

新田長次郎資料展示室

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新田長次郎資料展示室

ニッタ株式会社創業者の新田長次郎の遺訓・遺徳、業績や社会貢献活動などを後世に伝えるべく、長次郎に関する史料(年譜、海外視察、交友関係など)のパネルや旅行鞄、愛用の品、扁額などを展示しています。

新田長次郎とは

新田 長次郎

1857(安政4)年5月~1936(昭和11)年7月 享年80歳

理念

発明: 世の役に立つ製品を発明・開発して送り出すこと。
改良: 世に送り出した製品に不断の改良を加え常に最良の製品を提供すること
円満: 良い仕事環境、良い人間関係なくしては、良い発明、良い改良はできない。
1857(安政4)年
愛媛県温泉郡味生村山西に、父喜惣治、母ウタの二男として誕生。
1862(文久2)年
父喜惣治死去。
1873(明治6)年
福沢諭吉著「学問のすすめ」に、大いに啓発される。
1877(明治10)年
大志を懐き、大阪へ出立。
1877(明治10)年
独人ハイド・ケンぺルの講和を聞き、製革業が将来有望なるを知り、洋式製革術を習得する決心をする。
1883(明治16)年
井上ツル女と結婚する。
1885(明治18)年
大阪府西成郡難波村字久保吉に、独力で製革業を創業する。
1888(明治21)年
わが国で初めて、伝動用革ベルトの製造に成功する。
1893(明治26)年
第1回海外視察に、米欧に出張する。
1900(明治33)年
第2回海外視察に、欧米に出張する。
1902(明治35)年
緑綬褒賞を受ける。
1903(明治36)年
国学院大学財務顧問を委嘱される。
1907(明治40)年
渋原料の槲の樹皮を集荷のため、芽室に出張所を開く。
1909(明治42)年
金比羅山、モハチャなどの官有林の払下げを受け、止若に製渋工場を建設する。
1909(明治42)年
個人企業を、合資会社新田帯革製造所に改組する。
1911(明治44)年
社内報「星の光」発刊。
1911(明治44)年
低所得層の子弟のために、学費、衣料、文房具費等を全額負担の有隣尋常小学校を開校する。
1911(明治44)年
十勝製渋工場に、米田侍従御差道の栄に洛す。
1912(大正元年)年
黒江河内渓~矢の島:初回の土地購入(温山荘園)
1914(大正3)年
大阪工業会設立発起人に推挙される。
1916(大正5)年
理化学研究所設立発起人となる。
1918(大正7)年
ゴムベルトの開発・販売開始
1918(大正7)年
洋膠、ゼラチンの製造を始める。
1918(大正7)年
馬牧場を十弗に、牛牧場を糖内に設ける。
1919(大正8)年
合資会社新田べニヤ製造所を設立する。
1920(大正9)年
原内閣の臨時産業調査会委員に任命される。
1923(大正12)年
私立松山高等商業学校(現 松山大学)を設立する。
1925(大正14)年
新宿御苑観桜会に招待される。
1927(昭和2)年
紺綬褒章飾版を授与される。
1927(昭和2)年
昭和天皇より賜饌のお召しを受ける。
1929(昭和4)年
練乳工場を新設し、練乳の販売を開始する。
1935(昭和10)年
「回顧七十有七年」を出版する。
1935(昭和10)年
大阪市より発明功績者として表彰を受ける。
1936(昭和11)年
脳溢血にて没す。(享年80歳)
1936(昭和11)年
従五位に追陞さる。

施設ご紹介

ならやま研修所外観
当施設は、ニッタ株式会社 ならやま研修所内にございます。

開館時間

平日 午前9時30分~午後4時30分
(入館は午後4時まで)
休館日:土曜日、日曜日、祝日および定めた日

入館料

無料

備考

駐車場有り(10台)
※施設には売店などはございません。

当施設からのお知らせ

  • 12月の休館日は土・日・祝、29日(金)です。
  • 11月の休館日は土・日・祝です。

見学申込

当資料室のご見学は「事前予約」をお願いしております。

見学をご希望の方は、こちらから申込書をダウンロード頂き、FAXにてお申し込みください。

土日を除く3日前までのご予約をお願いします。

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